こころ和むご挨拶

お電話を差し上げるたび、冒頭に「いつもありがとうございます」と伝えてくださる方がいらっしゃいます。
仕事開始時に「今日もよろしくお願いいたします」、終業時に「今日もありがとうございます」と挨拶をしてくださる方もいらっしゃいます。
マンションの清掃員に新しく入った方は、こちらがお世話になっているのにもかかわらず、お会いする瞬間に「お世話になっております。ありがとうございます」とおっしゃいます。
こうした挨拶を頂戴することで、こころが和み、気持ちの良い一日を過ごすことができます。

もしかすると、連絡を取り合う、またはお会いする頻度が高い方には甘えてしまって、気づかないうちにいい加減な挨拶をしていることがあるかもしれません。
また挨拶ほど簡単なコミュニケーションの方法はないとわかってはいても、日々の挨拶に対して真摯に向き合う姿勢を忘れがちです。

以前、日本で講演をなさったマザー・テレサのご挨拶のことばを恩師から伺ったことがあります。
笑顔でいることは、自分だけでなく、周囲の人をも明るくするのだと。
笑顔で挨拶をすることで、相手の方が温かな気持ちになってくださる可能性があることを私たちは忘れてはならないと思います。
コロナ禍において、近所へ買い物に出かける以外、人と会うことがほとんどないという方が近所にいらっしゃるかもしれません。
そのような方にとって、お互いの名前は知らなくても笑顔の挨拶を受ける機会が明るい気持ちへと変化するきっかけになるとしたら、なんと素敵なことでしょう。
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さて、明日は二十四節気の一つである霜降(そうこう)。
朝晩が冷え込み、朝霜が見られる頃という意味です。
皆様、暖かくしてお過ごしください。

いいとこ取り

同世代の友人二人と久しぶりに再会し、話題は多岐に渡り、良い刺激をたくさんいただきました。

たとえば、一人の友人がアメリカでお子さんを出産したさい、現地のカウンセラーの方に、一般的に生後間もない赤ちゃんと母親は別々に寝る、ということを聞いて驚いたときのお話を伺いました。
友人は、こどもの寝顔を見て精神が安定し、親子の絆も深まると考え、ご自身は添い寝をすることを選んだそうです。
添い寝をする、別々に寝る、どちらにも長所と短所があるといえましょう。
続けて友人が、「アメリカの人が持つ素晴らしいこともたくさんある。私はいいとこ取りをしようと思ったの」と、次のことを含めて語ってくださいました。

日本人は、友人や知人、あるいは親戚の人を自宅での食事に招くとき、「お掃除をしなくては」「どのようなお料理を準備したらよいか」など、あらゆることを事前に考え、それらを整える気持ちが整理できてからようやく「わが家へ食事にいらっしゃいませんか」とお誘いすることが多い。
しかしアメリカでは、「明日、うちに遊びにこない?一緒にランチしましょう」と、まず声をかける。
あらゆることを考えすぎてせっかくのコミュニケーションを深める機会をなくしてしまうよりも、ときにはまずお誘いをして状況を確定させてから、何とか準備を間に合わせる思考も大切ではないか。

たしかに、悩む前に、実行に移す発想は日本人に薄いかもしれません。
さらに、もう一人の友人が「東日本大震災のとき、海外のご友人が日本全国で被害が大きく私が家を失ってしまったと思い、しばらく家に住めばいいといってくれたときは涙が出るほど嬉しかった。正直、私は友人に対して、瞬時に私の家に住めばいいといえるかどうかわからない」と正直な気持ちを話してくださいました。
日本人の思考は繊細であるといわれますが、このような体裁を整えることに重きが置かれがちであることも話題にあがりました。
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今までも日本人は他国の素晴らしい文化を取り入れながら、日本特有の文化をつくってきましたが、他者のこころに寄り添うことのできる真の愛情を他国から学ぶことを忘れてはならないのではないでしょうか。
素敵な刺激をくださる友人たちに感謝!

天鼓

20201015友人のお父様のご命日に、お二人ともに人間国宝でいらっしゃる、シテ方宝生流能楽師の辰巳満次郎さん、能楽囃子方大倉流小鼓方十六世宗家の大倉源次郎さんより貴重なお話、さらには舞と演奏を拝見拝聴する機会をいただきました。

小太鼓は、胴に桜の木が用いられ、馬の革が手縫いで縫われたうえに漆が塗ってありますが、大倉様がお持ちになった小太鼓には素晴らしい蒔絵がほどこされ、約400年前のものということでした。
追悼として選ばれた演目は「天鼓」のダイジェスト版で、まず辰巳様よりストーリーのご説明をいただきました。

天から太鼓が降ってくる夢を見て授かった男の子、天鼓。
彼が3歳のとき、本当に天から太鼓が降ってきて、その太鼓を演奏する音があまりに素晴らしいので、皇帝が太鼓を渡すように命じます。
しかし、天鼓はそれに応じなかったために、湖に沈められてしまいました。

その後、名人に演奏させてもよい音が出ないので、皇帝は天鼓の父親を呼んで演奏させました。
すると、父の思いが天鼓に伝わったのか、素晴らしい音が鳴り響いたのです。
最後に皇帝は自身のしたことを涙して悔い、その後、冥福を祈って立派な葬儀をすると、天鼓の霊が現れて「殺されたのは理不尽であるが、しかし弔ってくれてありがとう」と感謝を伝え、喜びながら舞い、太鼓を打っていると、夜が明けていく。
天鼓の怨念ではなく明るささえ感じるお話である。

このようなことを伺ってから、舞を拝見し、小鼓の音を拝聴しましたが、限られた時間であったのにもかかわらず、優美で静寂な空間が広がりました。

さらには、終始お二人とも自然で、驕らず、ユーモアを交えながらお話ししてくださる素敵なお人柄に、尊敬の念は深まるばかりでした。
辰巳様、大倉様、このような場をくださった友人、さらには当日ご一緒した方々に、こころより感謝いたします。

同じ状況のなかで

お教室が終わり、タクシーで移動するさいのことです。
続けて二台、同じタクシー会社の空車が近くまできたので、手を挙げました。
一台目のタクシーは前を通り過ぎ、二代目のタクシーはゆっくりと停車してくださいました。

20201012乗車した直後、「前のタクシーが停止せず、同じタクシー会社の者として本当に申し訳ないです」と丁寧に話しかけてくださったのです。
「私はボッとしているところがあるので、きちんと手をあげていなかったのかもしれません。お気遣いなさいませんように」とお伝えしても、降りるときまで、何度も何度もお詫びのことばを伝えてくださいました。
さらに「私たちは〇〇社の看板を背負っており、そのことでたくさんの恩恵を受けているのです。それを忘れてはならないと思っています」と、おことばの端々からご自身の仕事への向き合い方や誇りを感じました。

後日、偶然にも門下の方から、タクシーに関するお話を伺いました。
出張中に同じ場所で二日続けて、いずれもキャリーケースを持ちながらタクシーに乗車したときのことです。
最初の乗車時は、助手席辺りまで行って窓をノックし、運転手さんに車のトランクを開けてくださるようにお願いした。
2回目の乗車時は、車が停車して間もなくトランクが開き、何もお伝えすることなく運転手さんが積極的に荷物を積むことを手伝ってくださったので大変ありがたかった、とおっしゃっていました。

どのお仕事であっても、ひとりひとりが「個」として高い意識を持ち、こころを動かしながら行動する大切さを教えていただく機会に感謝いたします。
同じ状況において、自然に素敵な印象を与えられるようになりたいものです。

涌き水

少し前ですが、出張で金沢市へまいりました。
兼六園横の金澤神社の近くに金城霊澤(きんじょうれいたく)という泉があるのですが、藤五郎という人が山芋堀をした後にこの涌き水で山芋を洗った後、沢にたくさんの砂金が残っていたという伝説から「金洗いの沢」と呼ばれ、「金沢」の地名の由来になったというお話を地元の方から伺いました。
金澤神社の手水舎のお水は24時間境内の井戸からくみ上げられていて、金城霊澤と同じ地下水源で、飲料水としても多くの方々に親しまれているそうです。

20201008東京に戻り、「近所に井戸はあるのかしら」と思っていた矢先のことです。
朝から爽やかな天候だったので、事務所近くをお散歩している途中、ふと前方を見ると「和めの井戸」の文字が目に飛び込んできたのです。
石碑には、令和の御大典を奉祝して境内の地下水を使用して作られたと記されています。
何度も通っている道にもかかわらず、今まで気づかなかったことを反省しつつ、井戸の発見で嬉しい一日となりました。

全国各地に涌き水はありますが、門下の方に伺ったところ、小笠原家ゆかりの地である松本市は涌き水が大変豊富でおいしいお水がいただけるとのこと。
素敵な涌き水を探しに、松本を訪れてみたいと思います。

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