THE TAIYO

お世話になっている方から、明治時代に発刊された日本初の総合雑誌「太陽」を頂戴いたしました。
目次を開いてみると、「藝術品の鑑賞と賣買 伯爵小笠原長幹」と曽祖父の名前が記されていました。
IMG_6185曽祖父は貴族議員になったのち国勢院総裁などを務めていましたが、一方では彫塑に優れ、文展(文部省美術展覧会の略、現在の日展のようなもの)で作品が入選したり、長唄協会の会長を務めたりするなど、芸術にも造詣が深かったようです。
太陽の文中には、「審査員は神でない限り出品者の全部の趣味と己の趣味とを同化させて出品者の何人にも満足を与えることはできない」「芸術家は作品のうえにおいて社会の風潮に媚びることは賤しむべきこと」としながらも、「しかしながら芸術即ち生活である以上、芸術家は常に社会の指導者時代の先覚者たると同時に、作品の売却については社会に接触し、社会状態、国民の財力と均衡をとって自己の生活を完全にするということは決して恥ずべきことではないと思う」など、審査する側の心得と、作品をつくる側の心得についても触れています。

芸術の進歩に向かって芸術家が研究をなすべく資金を周囲が与えることは必要で、そのためにも芸術家は作品を売却して生活の安定を図ることは当然である、という内容も記されていますが、恐らく自身への思いも込めた、次の一文もありました。
「身分あり富のあるものが芸術に携わる以上はその身を忘れるまでの覚悟で努力しなければ芸術に対して大成は覚束ないのである」
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この心得は、礼法にも通じるように感じます。
上の立場になると、周囲からの礼を受けることに重点が置かれてしまいがちですが、常に謙虚な気持ちを忘れないことによって、己を成長させる。
それが仕事の成果やプライベートの充実感などに繋がることもあるでしょう。
また作法は、誰もが不快に感じないであろうことを基準として、かたちに表したものですが、そこに個性が存在してこそ、真に身についた作法であり、だからこそ人のこころに届けることが可能となるのです。
作法にのみしばられるのではなく、己のこころから発する作法によって礼法を現代に活かすことをお伝えしたい、という気持ちを深くいたしました。

ところで太陽の表紙、何ともかわいらしくシンプルで素敵です。

今日は立秋ですが、まだまだ太陽の日差しが厳しく、八月の平均気温は平年を超えるとの予報です。
皆様、お身体を大切にお過ごしください。

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