墨としょうが汁

20201130(1)小笠原流礼法の教え歌が数々あるのですが、そのひとつに
「木の札に文字を書くにはする墨にしょうがの液を少し加えよ」
とあります。
何度も目にしている教え歌なのですが、実際にしょうが汁を加えて墨を磨ったことがなく、それ以前になぜ、しょうが汁を加えるとよいかについての理由を存じません。
簡単に調べたところ、煤に膠(ニカワ)を入れて作ったものが墨ですが、しょうが汁を入れて磨ることで、膠に墨液を拡散させる効果があるので良いといわれているようです。

過日、門下の方からは「65度から70度に温めた牛乳をしょうがの汁が入った器に入れて混ぜると、すぐに固まってプリンのようになります」という興味深いお話も伺いました。
しょうがに含まれる酵素によって牛乳が固まるということは、膠も牛乳と同じたんぱく質を含むので、もしかしたら固まりやすくなるのでは…いずれにしても、考えているよりもまずは実行あるのみ!
墨を磨ったところにしょうが汁を少し混ぜ、木の板に文字を書いてみました。
すると、文字がにじみにくくなることがわかったのです。

20201130(2)昔の人の知恵は素敵であると改めて感じました。
話が色々と脱線いたしましたが、近々、しょうがミルクプリンを作ってみたいと思います(笑)

独具匠心

元文化庁長官近藤誠一様と日本舞踊実践家宇津木安来様と久しぶりにお会いする機会がありました。
お二方とは昨年2月に匠対談シリーズでご一緒する栄を賜り、その様子はブログでもご紹介いたしましたが、お目にかかるたび日本の伝統文化の魅力を改めて教えていただきます。

20201126その日、帰宅後に近藤様の御著書「対談集 日本の匠」を拝読しながら、「匠」について考えておりました。
匠には、職人、技芸に長じた人などのほかに、新しい物を作り出す工夫やアイデアといった意味が含まれます。
昨今は、あらゆる分野において、興味があることに対して時間をかけずに学び、身についたと思い違い、独自にアレンジしたいと思う傾向があるように感じます。
しかし「独具匠心」、独創的な工夫が人の目に素敵と映り、他者のこころを動かすには、当たり前のことを当たり前と思わず、常に慎みの気持ちを忘れずに基本的なことにこそ修練を重ねるこころがけが欠かせないのではないでしょうか。
私自身、常に基本に立ち返りながら、新たな挑戦をし続けていきたいと思います。

皆様とのご縁によって生かされていることに拝謝いたします。

久しぶりの礼法授業

17日は久しぶりに聖徳大学附属女子中学校高等学校において礼法の特別授業があり、春に卒業予定の高校3年生にお話をいたしました。
20201119
毎年、冒頭には礼法の授業で印象に残ったことを伺っています。
お茶に関する心得、浴衣の着付けは不動の人気授業なのですが、そのほかに和室での所作、折形や水引の結び、面接の心得を学ぶことができてよかったという意見もありました。

さらに、今年は一時、オンラインの授業になるなど、様々な変化がある中で礼法が大切に感じた具体例についても、何人かの方にお尋ねしたところ、
公共の場で人が不快に思うことはしない。
家族に迷惑がかからないように手洗いとうがいを欠かさない。
何かとキリキリしてしまいがちだが、人には色々な考え方があると理解してこころにゆとりを持ちながら行動する。
などと立派な意見がたくさん出ました。

また席の間隔を開けて座っていただいたことで、マスクを着けていても全員のお顔がよく見えました。
真剣な眼差しで話を聞いてくださる方が多く、皆様の素敵な表情と時折、窓の外から入ってくる風とがひとつになって、爽やかな空間が保たれ続けていたことも印象的でした。

卒業生の皆様が来春、ご家族もご臨席のもと、学生生活の思い出がたくさん詰まっている校舎にて無事、卒業式を迎えることができますように。

ひとつ歳を重ねて

20201116(1)少し前に、ひとつ歳を重ねました。
節目でもないのですが、このたびのお誕生日は例年とは違うものを感じました。
恐らく、今年は人生の中で経験したことのない事態となり、公私ともに生活に変化があったことで、それまで当たり前だったことに感謝し、何が大切であるかが自ずとわかったからなのでしょうか。

皆様もあらゆるこころの変化を抱いていらっしゃるかもしれません。
たとえば、「外出自粛の間、人と会うことができなくても電話で相手の声を聞くだけで、ふさぎがちだった気持ちが明るくなった」、と感じた方はいらっしゃいますか。

20201116(2)人とのつながりによって、私たちはこころに安らぎや暖かさを得て、小さな幸せを抱くことができます。
その小さな幸せが積み重なり、笑顔でいられる時間が長くなると幸福感が増すと思えてなりません。

礼法を通じて、人と人の「こころ」が結ばれ、一人でも多くの方が笑顔になることができるとしたら、なんと素敵なことでしょう。

さて、周囲の方々から嬉しいメッセージやお祝いを頂戴いたしました。
年配になると自分の年齢を忘れる、と聞きますが、私もその域に入った感がありながら、いつくになってもお誕生日は嬉しいものです。
20201116(3)

これからの一年、私自身が笑顔を絶やすことなく、今まで以上に礼法を通じて一人でも多くの方が笑顔になるきっかけを運んでまいりたいと存じます。

清安

事務所の荷物があまりにも多いので、ここのところ整理にあたっています。
先代の頃からの書籍も山のようにあり、何とかしなければと片付けていると、そのなかから敬語に関する一冊を発見し、しばらく手を休めて読んでいました。

20201112すると「清安」の二文字が目に飛び込んできました。
手紙の冒頭、「ますますご清祥のこととお慶び申しあげます」など、「清祥」や「清栄」は頻繁に用いますが、「清安」は見かけることが少ないことばです。
文字が示しているように、相手が安らかに暮らしていることを意味するのですが、あらためてなんと素敵な表現、と感じました。

そのほかにも、これから積極的に用いたいと思うことばがたくさん見つかりました。
是非、ブログでもご紹介してまいりたいと存じます。

このページの先頭へ