菊慈童のお人形

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以前のブログでもご紹介いたしましたように、3年前に嵐山の法輪寺にて茱萸袋(しゅゆぶくろ)をいただきましたが、今年も久しぶりに法輪寺に伺う機会を頂戴いたしました。

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関東は台風の影響がかなりありましたが、京都は朝から晴天で、美しい山々を眺めながら嵐山へ向かいました。

念願の茱萸袋を拝受するだけでも光栄なのですが、久しぶりに菊慈童のお人形のお顔を拝見することも叶いました。
このお人形は、有職御人形司 伊東久重氏作のもので、凛々しさと優しい眼差しを感じる表情が素敵です。
目を合わせるほどにこころが浄化される気持ちがいたしました。
また、外の舞台からは渡月橋、嵯峨野などが一望でき、仁和寺の五重塔もはっきりと見えました。

今年最後の節供、このように有意義なひとときを過ごせましたことに深く感謝いたします。
来年も菊慈童のお顔を拝見できますように。
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一番とは思わないことの大切さ

台風の影響がかなり広がっています。
被害に遭われた方々におかれましては、こころよりお悔やみ申しあげますとともに、一日も早い復旧をお祈りいたします。
また影響のある地域にお住いの方々、くれぐれも気をつけてお出かけください。

一中節は三味線音楽の一つで、語りの一中節浄瑠璃と楽器演奏の一中節三味線で構成されます。20190909ブログ写真2
元禄の頃に初代、都太夫一中により始まり、一時は途絶えますが、江戸中期から末期には江戸で流行しました。
一中節は三味線音楽の中でも特に精緻で優雅な音楽といわれています。

一中節12世宗家の都一中氏は古くからのお知り合いで、3年前の小笠原流礼法宗家本部新春交賀会にゲストとしてお招きし、典雅な演奏と語りを拝聴いたしました。
また過日は少人数でのお食事会にお誘いし、ご一緒いただくことがございました。

20190909ブログ写真一中氏は洋楽にも造詣が深く、お会いするたびにお話を伺っているだけでも勉強になるのですが、このたびも三味線の構造や語りの違いなど、様々なことを教えていただきました。
語りの際に母音を発音するのかどうかによって、全くといってよいほど音の響きと広がりが異なることを実際に聞かせてくださいました。
楽譜がない代わりに語りの台詞が記されたものを見ると、音がわかるということにも興味が深まりました。
何よりも感動したことは、次のお話です。

「後継者として指名されたとき、私よりも上手な人がいるのになぜ指名されたのかと先代に尋ねました。すると先代から、最も上手でないから指名した、といわれたのです」
当時、一中氏が上手でないことは考えられませんが、ご先代のおことばは実に感慨深いものがあります。
このようなことを私の分際で申すことは大変恐縮ですが、しっかりとした技術と謙虚なお人柄を兼ね備えていらっしゃる一中氏だからこそ、後継者となられたのではないかと思うばかりです。

宗家が一番でなくても周囲に優秀な人がいれば皆さんに助けてもらえばよい、とも語ってくださいました。
常に前きらめきでなく、慎みのおこころを持っていらっしゃる一中氏のおことば、何と素敵でしょう。

自分は一番の実力がある、と思ってしまった瞬間に成長する道を自らで途絶えさせてしまいます。
己に足りない部分に気づき、学ぶことへの積極性を永遠に忘れることなく過ごしてまいりたいと思います。
門下の皆様、これからもお支えいただきますよう、よろしくお願いいたします。

生徒から学んだこと

昨今、中学校や高等学校において礼法を取り入れたいというご相談やご用命を頂戴することが多くなっております。
今年も新たに礼法を授業に取り入れてくださる学校があり、中学校1年生と高等学校1年生への授業に対して、3名の師範の方々が指導にあたってくださっています。

先日、その学校の授業の中間報告を師範の方々から伺う機会がありました。IMG_6334

ある日の中学校1年生の礼法授業のさい、ひとりの生徒がテキストを忘れ、隣の席の生徒も忘れていることがわかった瞬間、前に座っている生徒が自分のテキストを2人に渡した姿がとても自然だったとのことです。

高等学校1年生の授業ではお箸遣いを指導するときに、「この授業の中でお箸遣いをしっかりと学び、実生活でも練習を重ねれば、たった1週間で正しいお箸遣いができることでしょう。それによって将来、皆様がおとなになったときに社会人として美しいふるまいをすることができ、親としてこどもに自信を持って伝えることができるのです」とお伝えしたところ、皆様が素直に授業に取り組んでくださったと伺いました。

また授業のアンケートでは、「自分のこどもっぽいところを知り、しっかりと学びたい」「襖の開け閉てを実践してみたかった」「礼法は実生活に役に立つ科目である」など、それぞれの貴重な意見を拝見することができました。
授業を通じて、音楽を学んでいる方と、数学的な思考をもっている方とでは捉え方が異なることを知り、大変勉強になったというご報告も興味深く拝聴いたしました。

生徒の皆様に対して師範の方々はご自身のこどもたちのように大切に指導してくださっている様子でした。
さらに充実した指導ができるようにと取り組んでくださっているおこころが何よりもありがたく、素敵に思いました。

われ以外みなわが師。
年齢や立場によらず、慎んだ気持ちで周囲から学ぶこころを常に持ちたいものです。

おみやげの意味

おみやげは、お土産とも書きます。image001
土地の産物、という意味があるわけですが、みやげということばの由来には諸説あります。
都笥、宮笥、屯倉、都帰などから転じた。
あるいは、見上げから転じたともいわれます。

また笥には、物を入れる器の意味があります。
たとえば、箪笥にも笥が用いられています。
宮笥は、神から頂戴したものをいれる器と考えられます。
あるいは、神社で頂戴したお札を貼る板のことを示すともいわれています。

旅先で購入したその土地のものは土産、先方のお宅へ招かれたさいに感謝の気持ちとして持参するものは手土産、ということもあるでしょう。
おみやげは贈りたいから贈るもの。
けっして贈らなければならないから贈る、ではありません。

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さて、9月に入り、秋風を感じるようになりました。
秋は何かと行事が重なり、ご多用の方も多くいらっしゃるのではないかと思います。
皆様、体調を崩されませんように気をつけてお過ごしくださいませ。

おみやげへの感謝

時折、お世話になっている方々とお食事をする機会があります。
そのようなさいには、皆様と楽しいひとときをご一緒する感謝の気持ちを込めて、お菓子やお酒など、こころばかりの品をお持ちいたします。
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つい最近の会食では、「ここのところ気に入っているものなので、お口にあうとよいのですが…」と、お食事にお招きいただいたうえに、大変美味しいお菓子を頂戴いたしました。
すぐに手に入りにくいものであるゆえ、かなり前から予約をしてくださっていたことが拝察でき、ありがたいと思うばかりでした。

また過日の会食では、年長者の方から、「いつもおみやげを頂戴するばかりで申し訳ないと思っていました。何か御礼の品を差し上げたいと考えていたので・・・」というおことばとともに小さな箱を受け取りました。
開けてみると中には美しい色のブレスレットが入っていたのですが、お知り合いのお店で選んでくださったそうです。
日々数多くの贈答品を受け取っていらっしゃるお立場の方ゆえ、贈答品を受け取ることを当然と思わず、謙虚な気持ちを忘れることなく、このような素敵なこころ遣いを持ち続ける大切さを教えていただきました。

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門下の方からも、お稽古の折などにおみやげを頂戴することがあります。
個人的に渡してくださるさいに、周囲のお仲間に余計な気持ちの負担をかけないよう、渡すタイミングなどを配慮されていることを感じますと、嬉しさが高まります。

以前にも記しましたが、「もの」に「こころ」を込めることによって、ことばで表現する以上に相手への気持ちを届けることができます。
それには慎みのこころを持ちながら、前述のように渡すときのタイミングや状況も加味することが欠かせません。
おみやげの語源については、次回にご紹介したいと存じます。

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