丁寧さと迅速さ

20201029_2先日、定期検診で病院に行ったときのことです。
採血室前の椅子に座っていたのですが、検査科の方はお一人で、次から次へと何人もの方を採血なさっている様子。
しかし、慌ただしい素振りは一切なく、手際良くご自身の手腕の消毒と手袋の交換を繰り返しながら、一人ひとりに声をかけていらっしゃいました。

私の番になり、腕を前に出すと「よい血管をお持ちなので、安心して採血にのぞめます」といってくださいましたが、そのように声をかけていただいたことは初めてで、緊張が解ほぐれました。
それだけでなく、採血がとてもお上手だったのです。
「全く痛みがありません。ありがとうございます」とお伝えすると、「とんでもない、よい血管のおかげでスムーズに終えることができ、ありがとうございます」と控えめに答えてくださることも素敵で印象的でした。

丁寧さと迅速さを両立することで、仕事の効率をあげながら、他者への思いやりをも表すことができる。
それには、頭とこころ、どちらも積極的に働かせることが必要であると、このたびの経験から改めて痛感いたしました。

さて、今週で神無月が終わります。
霜月と師走、今年も残りあと2か月となりますが、何事にも丁寧さを忘れずに過ごしてまいりたいと思います。

すすき

今年の十三夜は、10月29日です。
十三夜とは、旧暦9月13日にお月見をする習慣があり、今年は10月1日の十五夜に次いで美しい月を愛でる日です。
後醍醐天皇が919年に清涼殿にて月見の宴を催したことが十三夜の始まりといわれています。
以前にもブログでご紹介いたしました通り、十五夜は芋名月と呼ばれ、十三夜は豆名月、栗名月、後(あと)の月見ともいいます。

20201026 newさて、お月見に飾るものは何ですかと聞かれたら、お団子やすすきを思い浮かべられるでしょうか。
すすきは秋の七草のひとつでもありますし、この時期に飾ることに疑問を持ったことがないという方もいらっしゃることでしょう。
すすきは神様の依代(神霊の依りつくもの)であり、十五夜の時期はまだお米の収穫前なので、稲穂の代わりに飾るともいわれます。
また、沖縄ではすすきの葉を魔除けに用いることがあるそうです。

今まで十三夜の飾りをなさったことがない方も無理のない範囲で楽しまれてみてはいかがでしょうか。
たとえば、お一人の場合でしたら、無理にお団子の数を13個にするのではなく、3個であってもよいのです。
少しの栗や豆類とすすきを飾るだけでも趣があります。

都内では十五夜をはっきりと見ることができましたが、29日の夜も、素敵なお月さまの姿を眺めることができますように。

こころ和むご挨拶

お電話を差し上げるたび、冒頭に「いつもありがとうございます」と伝えてくださる方がいらっしゃいます。
仕事開始時に「今日もよろしくお願いいたします」、終業時に「今日もありがとうございます」と挨拶をしてくださる方もいらっしゃいます。
マンションの清掃員に新しく入った方は、こちらがお世話になっているのにもかかわらず、お会いする瞬間に「お世話になっております。ありがとうございます」とおっしゃいます。
こうした挨拶を頂戴することで、こころが和み、気持ちの良い一日を過ごすことができます。

もしかすると、連絡を取り合う、またはお会いする頻度が高い方には甘えてしまって、気づかないうちにいい加減な挨拶をしていることがあるかもしれません。
また挨拶ほど簡単なコミュニケーションの方法はないとわかってはいても、日々の挨拶に対して真摯に向き合う姿勢を忘れがちです。

以前、日本で講演をなさったマザー・テレサのご挨拶のことばを恩師から伺ったことがあります。
笑顔でいることは、自分だけでなく、周囲の人をも明るくするのだと。
笑顔で挨拶をすることで、相手の方が温かな気持ちになってくださる可能性があることを私たちは忘れてはならないと思います。
コロナ禍において、近所へ買い物に出かける以外、人と会うことがほとんどないという方が近所にいらっしゃるかもしれません。
そのような方にとって、お互いの名前は知らなくても笑顔の挨拶を受ける機会が明るい気持ちへと変化するきっかけになるとしたら、なんと素敵なことでしょう。
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さて、明日は二十四節気の一つである霜降(そうこう)。
朝晩が冷え込み、朝霜が見られる頃という意味です。
皆様、暖かくしてお過ごしください。

いいとこ取り

同世代の友人二人と久しぶりに再会し、話題は多岐に渡り、良い刺激をたくさんいただきました。

たとえば、一人の友人がアメリカでお子さんを出産したさい、現地のカウンセラーの方に、一般的に生後間もない赤ちゃんと母親は別々に寝る、ということを聞いて驚いたときのお話を伺いました。
友人は、こどもの寝顔を見て精神が安定し、親子の絆も深まると考え、ご自身は添い寝をすることを選んだそうです。
添い寝をする、別々に寝る、どちらにも長所と短所があるといえましょう。
続けて友人が、「アメリカの人が持つ素晴らしいこともたくさんある。私はいいとこ取りをしようと思ったの」と、次のことを含めて語ってくださいました。

日本人は、友人や知人、あるいは親戚の人を自宅での食事に招くとき、「お掃除をしなくては」「どのようなお料理を準備したらよいか」など、あらゆることを事前に考え、それらを整える気持ちが整理できてからようやく「わが家へ食事にいらっしゃいませんか」とお誘いすることが多い。
しかしアメリカでは、「明日、うちに遊びにこない?一緒にランチしましょう」と、まず声をかける。
あらゆることを考えすぎてせっかくのコミュニケーションを深める機会をなくしてしまうよりも、ときにはまずお誘いをして状況を確定させてから、何とか準備を間に合わせる思考も大切ではないか。

たしかに、悩む前に、実行に移す発想は日本人に薄いかもしれません。
さらに、もう一人の友人が「東日本大震災のとき、海外のご友人が日本全国で被害が大きく私が家を失ってしまったと思い、しばらく家に住めばいいといってくれたときは涙が出るほど嬉しかった。正直、私は友人に対して、瞬時に私の家に住めばいいといえるかどうかわからない」と正直な気持ちを話してくださいました。
日本人の思考は繊細であるといわれますが、このような体裁を整えることに重きが置かれがちであることも話題にあがりました。
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今までも日本人は他国の素晴らしい文化を取り入れながら、日本特有の文化をつくってきましたが、他者のこころに寄り添うことのできる真の愛情を他国から学ぶことを忘れてはならないのではないでしょうか。
素敵な刺激をくださる友人たちに感謝!

天鼓

20201015友人のお父様のご命日に、お二人ともに人間国宝でいらっしゃる、シテ方宝生流能楽師の辰巳満次郎さん、能楽囃子方大倉流小鼓方十六世宗家の大倉源次郎さんより貴重なお話、さらには舞と演奏を拝見拝聴する機会をいただきました。

小太鼓は、胴に桜の木が用いられ、馬の革が手縫いで縫われたうえに漆が塗ってありますが、大倉様がお持ちになった小太鼓には素晴らしい蒔絵がほどこされ、約400年前のものということでした。
追悼として選ばれた演目は「天鼓」のダイジェスト版で、まず辰巳様よりストーリーのご説明をいただきました。

天から太鼓が降ってくる夢を見て授かった男の子、天鼓。
彼が3歳のとき、本当に天から太鼓が降ってきて、その太鼓を演奏する音があまりに素晴らしいので、皇帝が太鼓を渡すように命じます。
しかし、天鼓はそれに応じなかったために、湖に沈められてしまいました。

その後、名人に演奏させてもよい音が出ないので、皇帝は天鼓の父親を呼んで演奏させました。
すると、父の思いが天鼓に伝わったのか、素晴らしい音が鳴り響いたのです。
最後に皇帝は自身のしたことを涙して悔い、その後、冥福を祈って立派な葬儀をすると、天鼓の霊が現れて「殺されたのは理不尽であるが、しかし弔ってくれてありがとう」と感謝を伝え、喜びながら舞い、太鼓を打っていると、夜が明けていく。
天鼓の怨念ではなく明るささえ感じるお話である。

このようなことを伺ってから、舞を拝見し、小鼓の音を拝聴しましたが、限られた時間であったのにもかかわらず、優美で静寂な空間が広がりました。

さらには、終始お二人とも自然で、驕らず、ユーモアを交えながらお話ししてくださる素敵なお人柄に、尊敬の念は深まるばかりでした。
辰巳様、大倉様、このような場をくださった友人、さらには当日ご一緒した方々に、こころより感謝いたします。

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