善光寺

出張の折、わずかな時間ではありましたが長野駅から善光寺に参りました。

IMG_3645仁王門前で車を降りると、朝に確認した雨の天気予報とは異なり、晴天に恵まれて汗ばむほどの陽気。
仁王門のそばまで行くと、千社札をはがす作業が行われていました。
千社札は、もとは千社参り(詣で)で各地の神社仏閣に祈願の成熟を目的に、自分の生地、名前、生年月日などを記した札を柱や扉などに貼るもので、始めは手書きだったものが木版の出現により普及したといわれています。
また千社札は貼る前に許可を得てから貼るもの。
しかし許可を得ないうえ、自然素材でない、強力な接着剤を用いて貼られている場合もあるらしく、ちょうど同日の晩、テレビのニュース番組で千社札をはがす光景が流されていました。
せっかくのおまいりが、神社仏閣の建造物を傷つける、あるいは景観を損なう原因になることは残念であり、避けるべきではないでしょうか。

さて室町時代、善光寺は先祖の小笠原長秀にとって関わりのある地でもありましたが、長秀が残した伝書の教えは、現代においてもなくてはならない存在です。

またゆっくりと、善光寺へ参拝に伺いたいと思います。

始めよう、そして続けていこう

出張の移動中、飛行機内で映画を見ました。
映画のタイトルは「LBJケネディの意思を継いだ男」。

LBJとはリンドン・ベインズ・ジョンソンのことで、ジョン・F・ケネディ大統領暗殺後、副大統領から第36代アメリカ合衆国大統領になった人です。
映画はジョンソンの演説で幕が下がるのですが、演説中の「let us begin」「let us continue」ということばがこころに残りました。

jfkkkご承知の通り、ケネディは公民権への政策に対して、「百日間、千日間、政権の存続する間、一生かけても終わらないかもしれない。しかし、それでも始めよう(But let us begin)」と語り、その意思を継いだジョンソンは「続けていこう(let us continue)」と語りました。

変化をするには、様々な試練や困難を乗り越えなければなりません。
しかし、それを恐れいていては何も始まらない。
変化をするための第一歩を誰かが始めなければ道は切り開かれない。
そして、前任者が始めたことを後任者はその意思を受け継いで続ける。

先代は惣領家に受け継がれてきた礼法を初めて人々に伝えることを始めました。
そこにはあらゆる困難があったかと思います。
その意思を継ぐものとして、代々継承してきた教えの基本を守りながら伝統を守るために新たな始まりをつくることの必要性、映画を見ながら考えていました。

この映画の日本公開は今年10月6日のようですが、久しぶりに映画館で映画を見たい気持ちになりました。

わからないことを認める素直なこころ

先週、小笠原流礼法宗家本部教室において、夕方と夜の2クラス、どちらも長きに渡りお教室に通ってくださる門下の方々に向けて講義を行いました。

お教室に入ると、すでに重陽の節供の飾りをしてくださっていたので、暖かな雰囲気を感じながら話を進めることができました。
小笠原流の教えの中に、各節供には季節のものを飾るという教えがあります。
重陽では長熨斗、菊の花、栗、柿、里芋などを三方にのせたものを床の間に飾ることにより、収穫物に感謝しながら、室内に季節感を取り込むことができます。
それにより、生活にめりはりがついて、豊かな日常を過ごすことにも繋がります。

講義内で贈答、重陽についてあらゆることを一人一人に質問しました。
IMG_3589わからないことがあったとき、「申し訳ありません、わかりません」と素直に伝える姿勢を皆様が持っていらっしゃることが素敵に思いました。
積極的に学びながら、素直な気持ちを持ち続ける大切さを改めて教えていただきました。

次回の教室で、皆様とお会いできることが今から楽しみです。

ごみが落ちていたら

本日、北海道の胆振地方中東部を震源地とした最大震度6強の地震が発生しました。
地震による被害に遭われた方々、また過日の台風による被害に遭われた方々におかれましては、こころよりお見舞い申しあげます。

師範の方々とのお稽古中に、与えられた指示に対しては比較的、忠実に行動することができても、どうしたら相手や周囲の人と楽しく過ごすことができるかという発想に至らない、あるいは感謝の気持ちを表現しないこどもや若い世代の方々が増えている、という話題について考えることがありました。

様々な事柄に関して、こどもが考える前に親が答えを出してしまいがちなこと。
飽食の時代で苦労がないこと。
自分を大切にする、あるいは自分の時間を大切にしたいと思う親が増え、こどもにこころを傾ける時間が減ったこと。

積極的にこころを動かすこどもが減っていることに関して、あらゆる意見が出ました。
食べることすら困難だった時代のほうが、独り占めしないでまわりに分け与えるこころのゆとりがあったのです。
昔は、独り占めすることは恥ずかしいと捉えられていたのです。
恥ずかしさとは反対側にある、日本人が大切にしていたはずの潔さ。
たとえ貧しい暮らしであっても、昔は人々のこころの中に他者から後ろ指を指されるようなことはしない覚悟がありました。

gomiある師範から伺ったのですが、知人の小学生のお子さんが歩いている途中、何か小さなものを拾う姿を目になさったので、しばらくそのお子さんの様子をご覧になっていたそうです。
拾い物、実は誰かが捨てた小さな紙くず。
お子さんは、その紙くずを入り口手前に置かれたごみ箱に捨ててから、教会の中へ入っていったとのことでした。

なんと素敵な行動でしょう。
おとなでも、落ちているごみを拾わない方が増えているのではないかと思いますが、それこそ恥ずかしいことです。
こどもへの深い愛情があったうえのことですが、こどもが大切だからこそ、おとなは、ときにこどもに苦労をさせる潔さを持ち、本来日本人が持っているはずの周囲への優しいこころ遣いを社会全体に取り戻したいものです。

ねぎを巻く

一日中、冷房をつけている中で過ごしているせいでしょうか、週末は少々声がかすれていました。
友人が「喉の調子が悪いなら、ねぎを首に巻いてみたら」と笑いながらいってくれました。
皆様もご存じかと思いますが、昔から日本では風邪のときには喉にねぎを巻く、卵酒を飲む、梅干し入りのお茶でうがいをすると効果があるなどといういい伝えがあります。
実際、効果はあるのでしょうか。
そこで、簡単に調べてみました。

be617d5b4d6eaa108744e59b6fd50793_mねぎは、切ると細胞が壊れてアリシンという香り成分が発生し、これは血流を促進させる効果があり、さらに最近はねぎの青い部分に含まれるヌルという粘液が免疫力をあげるといわれているようです。

梅干しは、疲労回復、整腸作用、殺菌効果などがあるうえ、インフルエンザ予防にも繋がるという説があります。

卵酒は医学的に、特にアルコールに弱い人には悪影響を与えてしまうようです。

医学が発達する前から伝えられてきた民間療法、現代においても否定できないことがたくさんあるのですね。
薬ばかりにたよるのではなく、日本人の体調を整える昔からの知恵を活かすことも素敵ではないかと思います。

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