お稽古時の服装

冷房は苦手ですが、さすがにこの夏は扇風機のみで凌ぐ程度を越えた暑さが続いています。
涼しい室内から一歩出ると日傘では太刀打ちできない日差しに日々、驚かされます。

そのような暑さのなか、各地からの直門の皆様はスーツやジャケットをお召しになってお稽古にいらっしゃいます。
もう少し軽装でいらしてもよい、とお伝えするのですが、その装いが皆様からのこころの表れといっていただくたび、感謝するばかりです。

お稽古のなかで装いについて話し合っていた際、ある男性の門下の方が
「今朝、スーツで伺おうかとも思ったのですが、ネクタイを締めて汗をかいている姿をご覧にいれることも見苦しいのではないかと…。したがって、麻のジャケットを選んで着用いたしました」
と話してくださいました。
ジャケットの下には長袖のシャツをお召しになり、爽やかな装いでいらしたと思います。

ホウセンカ気温が高ければ汗をかくことは当然です。
しかし、たくさんの汗をかいている姿を他者が不快に思う可能性があります。
汗をかきやすい方は、少し早めに自宅を出て、現地に到着してから汗をしずめるゆとりをお持ちになるとよいのかもしれません。

8月の東京は、30度を越える日がかなり多いという予報を聞きました。
来月お稽古にいらっしゃる方々、くれぐれもご無理のない服装で充実した時間を過ごしましょう。

初めてのわんこそば

過日、門下の方々への指導で盛岡へ参りました。
夏休みに入ったこともあってか、新幹線はほぼ満席!

通常は行きの新幹線内にて軽く昼食を済ませます。
しかし、「お腹を空かせてお腹まわりのゆったりしたお洋服でいらしてください」との総師範の方からのメッセージにより、この日は朝食のみでお昼過ぎに盛岡駅到着。

その後、盛岡駅の正面をじっくり眺めてから、駅近くのお店へ。
わんこそばの起源説は盛岡説と花巻説があるとのこと。
もとはゆっくり美味しく召し上がっていただきたいということからお客様にお出しするものだそうです。

という、盛岡駅到着前に携帯電話で検索して得たインターネット情報と、実際のわんこそばには、よい意味で違いがありました!
「お腹が一杯になったら、お椀の蓋を閉めてください。ただし、おそばが一本でも残っていたらまだ食事中とみなしておそばを入れます」との説明を受け、お食事開始。
20杯を過ぎた頃から次第にお腹もふくれ、30杯をいただき終えて「ご馳走さま」といった瞬間です。
係の方がお椀の脇から次のおそばを入れようとなさった寸前に何とか蓋を閉めたため、おそばがこぼれそうになり、かなり盛り上がりました!
なるほど、エプロンをするのには理由があったということですね。

IMG_3231その後、場所を移してお稽古をし、帰路につきました。
お稽古終了時の皆様の表情、優しくて素敵でした。
笑顔の素晴らしさはこの写真からも感じ取っていただくことができるかと思います。
今回は皆様とお食事をともにし、お互いのこころを交流することでご縁が深まったように感じました。

ところで、わんこそばの結果発表!
母と同世代の総師範の方は55杯。
8名の平均は一人約39杯。
情けないことに、私は30杯。
少しだけコツがつかめたので、次回は少しでも多くいただくことを目指します(笑)

個性ある自己紹介

先週末の夜、小笠原流礼法宗家本部直営教室の師範クラスに伺いました。

今回は、単に皆様が自己紹介をするのではなく、出身地の特徴、仕事以外に取り組んでいること、趣味、幼いときの思い出までをも語ってくださいました。

きっと、たくさんの時間を用い、思いを巡らせながら準備をしてくださったことでしょう。
そのこころがこちらに届けられるたび、それぞれの方の新たな素敵な一面を拝見でき、嬉しくもありました。

何より、緊張の中にも自分のことばで語ると、その人の魅力を自然に垣間見ることができる。
IMG_3221それがどれだけ大切かということを見に染みて思いました。
教室訪問は、本当に幸せな時間です。
師範クラスの皆様、ありがとう存じます。

写真は別日に門下の方から頂戴したお花ですが、見ているだけで猛暑を忘れさせてくれます。
暑さに負けず、今週もお健やかにお過ごしくださいませ。

夏期の後援会礼法部講習会

昨年もご紹介いたしましたが、毎年、海の日には聖徳大学附属女子中学校・高等学校の後援会礼法部の夏期講習会が行われます。
連休の最終日は道路が今までになく空いていましたが、千葉へと向かう高速道路から見える隅田川沿いの木々が猛暑を感じさせないほど爽やかに感じられました。

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今年もオープンスクールと同日であったため、多くの来校者が見学にいらしていましたが、行き交う方に対して元気に挨拶をする生徒の方々を拝見し、嬉しく思いました。

IMG_3199さて、礼法室では前半、和室での基本動作の復習から始めました。
続いて代表4名の方々に初饗の儀という、小笠原流に伝わる儀式の一部を体験いただきましたが、代表者以外の方々が熱心にご覧になっている姿が印象的でした。

その後は洋室に移り、川並校長先生にも参加いただいて記念写真撮影。
大人数で写真を撮る場合、位置の譲り合いなどで時間がかかるものなのですが、まったく滞ることがなかったので驚きました。

私が到着する前、カメラの位置、それぞれが立つ位置など、かなり時間をかけて事前の準備されていたことをお隣に座っていらした方が耳打ちしてくださいました。
部員の皆様が礼法のこころを体現してくださっていることを肌で感じられたひとときでもありました。
さらに、礼法室の床の間、洋室のテーブルの上にも花々を活けてくださっていたのですが、そのおかげで涼やかな雰囲気のなかで講義を進めることができました。

IMG_3197金子包みを作成する間も熱心に説明を聞いてくださり、部員の方同士が助け合いながら水引の結びまで完成なさったところで約2時間が経過。
まだお伝えしたいこともたくさんあったのですが、所定の時間を迎えたため、終了のご挨拶をいたしました。

宗家を継いで今年で22年目の夏を迎えましたが、22年前から参加くださっている方、今年入部された方、部員の皆様がつくってくださる空気は本当に素敵です。
来春、皆様とお目にかかれますことをこころ待ちにしております。

だるま最中

過日、友人の笹谷伊織の女将でいらっしゃる田丸みゆきさんのご講話を東京で拝聴いたしました。
和菓子や京都に関することを大変興味深く話してくださり、是非、このブログ内でも教えていただいたことをご紹介したいのですが、今回は最もこころ打たれた、だるま最中のお話について。

第二次世界大戦前にまでお話は遡ります。
当時、小学生だったある男の子は、笹谷伊織さんの本店前を通り過ぎるたび、店内のだるま最中を見ては「お腹にいっぱい餡子が詰まっている最中、おいしそうだな。食べてみたいな」と思っていたそうです。
monakaしかし、当時はお砂糖を用いたお菓子は貴重で、お母様に無理をいってはいけないと我慢しながら日々、お店の前を通っていたある日のこと。
だるま最中が男の子に話しかけてきたというのです。
「食べられるものなら私を食べてみろ」と。
そのときから男の子は「いつの日か、お腹いっぱいにだるま最中を食べる」とこころに決めました。

しばらくすると第二次世界大戦となり、笹谷伊織さんは7年間、お店を閉めることになりました。
それから約60年という年月が過ぎ、男の子は71歳に。
その男性は長い間、京都の地を離れていたため、京都駅から当時の記憶をたどりながら、とうとう笹谷伊織さんの本店へ。

「だるま最中、まだありますか?」と、男性は店舗内に立つ田丸さんに尋ねられました。
「はい、ございます」と答えられると、「まず一つ、今すぐにいただきたいのですが」という男性からの依頼。
そこで男性と一緒に来店された奥様を店内のテーブル席へとご案内し、お茶と最中を出されました。
「やはりだるま最中は美味しい!」と男性は奥様と半分ずつ最中を召し上がり、小学校時代のお話を田丸さんにお伝えになったそうです。
(伺ったお話にできる限り添うように努めましたが、内容に誤りがございますさいには何卒ご容赦ください)

なんと素敵なお話でしょう。
田丸さんによると、だるま最中の人気がなくなり、一時はこの商品を存続するかどうか悩まれたこともあったそうですが、この日以来、だるま最中を作り続ける決心をなさったとのこと。
老舗は変わらずに続けることの大切さを学ばれたともおっしゃっていました。

小笠原流礼法も、いつの時代においても本質を変えることなく伝え続けていきたい。
そのように強く思うと同時に多くのことを学ばせていただいた機会に感謝いたします。

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