不精

すずらん不精ということばを用いる人が以前と比べて少なくなったように思います。
一方、不精ではないかと思える行動をとる人は増えているのではないでしょうか。

不精とは、文字が表す通り、精を出さずになまけること。
身体を動かすことを面倒に思うこと。

先代から、不精にまつわる例として、ある料理番組についての話を聞いたことがあります。
「水仕事をするときは、身支度を整えてからすると気持ちがよい。たすきがけをせず、袖をぬらさないようにと手先で行うことは不精で嫌なものです」というテレビの料理番組で指導する女性の方は、若いアシスタントの方に対してこのようにお伝えになり、お料理の紹介の前にたすきのかけ方について指導なさっていたそうです。

準備にも労をいとわないこころがけは、日本人が本来持っているはずの気質ではないかと思いますが、手順や配慮があるからこそ、作り出される美が存在するのではないでしょうか。
たとえば、お客様にお茶を運ぶときの心得。
お茶の入ったお茶碗とお茶托はどのように相手に運ぶことが好ましいのでしょうか。

お茶碗になみなみお茶を注いでしまったら、運んでいる間にお茶がこぼれてしまうかもしれない。
お茶がこぼれてしまったときのことを考えて、ふきんもお盆にのせておく。
下座側からお茶を差し上げることが望ましいが、お客様に危険が及ぶことがないようにと考えて行動することも大切。

このように、一杯のお茶をお出しするときにも、あらゆる観点から失礼がないようにとこころを働かせることが大切であり、ひとつでも不精してしまうと相手に危険が及ぶことがあるかもしれないのです。

便利な時代だからこそ、不精せずに行動したいものです。

第2回聖徳会ランチ

聖徳ランチ会以前のブログでもご紹介しましたが、昨日は、久しぶりに聖徳会に所属する門弟の方々とランチをご一緒いたしました。
聖徳会とは、聖徳大学附属の高校を卒業した方が学んでいる小笠原流礼法宗家本部主催の教室名です。
指導は長年にわたって同じ師範の方が、受講生をまるで妹のように大切に思いながら指導してくださっています。

大学2年生から社会人まで、約20名の方が参加してくださったのですが、会場は銀座にある、パンケーキが人気なお店。
パンケーキの前にはハンバーガーを出していただくよう、お店の方にお願いしていました。
運ばれてきた高さのあるハンバーガーを見て、どのように食べたらよいのかと皆さん、かなり迷っている様子。
「ハンバーガーは小さく切らずに、ある程度の大きさをそのままいただくほうがおいしいですよね」という私のことばに笑顔が戻り、美味しそうに召し上がっている姿が何ともかわいらしかったです。

自己紹介のあと、小笠原流礼法を学び続けている理由について尋ねたところ、「作法にはすべて理由があるので興味深い」「臨機応変さがある部分が楽しい」「高校まで学んでいた礼法を途中でやめることは残念だと思った」など、貴重な意見を伺うことができました。
また、親御様に対して、教室を受講できることへの感謝の意を持っていることが素晴らしいとも感じました。

「礼法を学ぶ」という同じ目標を持って、お互いに助け合いながら、お稽古を続けてくれている様子を彼女たちの発言のみならず温かな表情から感じ取ることができたことを何よりも嬉しく、感謝の思いで胸が熱くなりました。

聖徳会にかぎらず、門弟の方々とお目にかかる機会を増やしていきたいと思います。

祝30周年

グランドピアノ昨日はピアニストの仲道郁代さんがデビューされて30周年のお祝いの会に出席させていただきました。

会場となった逗子マリーナ内のレストランはガラス張りで、店内を一歩でるとデッキがあり、そのすぐ向こうには海が広がる素晴らしいロケーション。
夕方からは仲道さんのコンサートが行われました。
仲道さんのお顔が拝見できるお席だったので、演奏はもちろんのこと、表情にも魅せられながら、あっという間に時間が過ぎました。

シューマン、ブラームス、ショパン…と続き、最後から二曲目はグリーグ。
仲道さんがお母様のお腹のなかにいるときにグリーグをよく聞いていらした、というお話の後、ピアノを弾かれている仲道さんの表情は、ときに強く、たくましく、たおやかで、ひとつの音も聞き逃してはならない気持ちになり、感動の連続でした。

食事会の後、「幼かった娘もこのように大きくなり、これからも親子共々よろしくお願いいたします」という仲道さんのおことばに、深くうなずくばかり。
ピアニストとして第一線で活躍を続けながら、こどもを育て、しかしながら優しさと素直さを失わない仲道さんの姿は、友人として誇らしくもあり、憧れでもあります。
 
本日の素晴らしいお祝いの会に伺えたことは、私にとって忘れられない思い出となりました。
仲道さんのますますのご活躍とご健勝をこころよりお祈りいたします。

素敵な厄落とし

週末、親しくしている友人夫妻から誕生日祝い食事会に招いていただきました。
友人はすでに先月、誕生日を迎えていて40歳。
1月にも40歳を迎えた別の友人の誕生日祝いの席に招いていただいたのですが、お二方ともに優しくて素晴らしいお人柄。
お二人にいただいたご縁で友人の和も広がり、当日は素敵な友人達とともに、お祝いの場に参加できる喜びを胸に楽しいひとときを過ごすことができました。

ところで、男性の満40歳は前厄と呼ばれる年でもあります。
食事会の途中、出席した友人の一人から「男性の前厄は40歳なの?」と問われましたが、厄年は数え年で考えることが基本のため、満40歳は前厄の年です。
厄、という文字だけ見ると、災いや多難な年と思う方がいらっしゃいますが、悪くとらえる必要はありません。
それよりも、40歳の頃は仕事も盛んで無理をしてしまいがちな時期ゆえ、体調に気をつけ、また周囲への感謝を忘れないよう、己を振り返る機会と受け止めるほうがよいと思うのです。

また厄落としを年祝いとして、お祝いをする地域もあるようです。
厄落としはお互いさまとして、親戚や友人を食事に招き、周囲の方に少しずつ厄を持ち帰っていただくともいわれています。

厄落としそのように考えると、このたびの食事会は素敵な厄落としともいえましょう。
友人一同からはお祝いの品として、写真の靴をお贈りしましたが、食事会の翌朝にはこの靴を履いて出張にいらしたことを奥様から伺い、嬉しく思いました。
素敵な一年を過ごされますように。

途中退席

天気予報によると、今週末は寒さが戻るようですが、都内の桜は少しずつ花を咲かせてきました。
4月は入学式、入社式、パーティーなど、様々な集まりが催される時期。
ときには都合で、パーティーを途中退席しなければならないことがあります。
そのような状況下において、心得ておかなければならないことは「慎みのこころ」ではないかと思います。

出席する側は、退席する前に主催者に挨拶をしなければならないという思いに駆られることがあるかもしれません。
しかしながら、特に規模の大きな集まりにおいて、主催者は多くの方々と挨拶を交わされている可能性が高いことが考えられます。

白と紫のお花一方、こちらの事情で途中退席をするのなら、当日の挨拶は控えて、後日、お詫びをかねて手紙を送るということも考えられます。
以前、私が主催者であったパーティーに途中退席された方から手紙を頂戴することがありました。
元気そうな私の姿をご覧になり、喜んでくださったことがうかがえる文面のおことばから、深く温かなおこころを感じることができました。

礼を省略することは難しいのですが、相手の立場で行動できる人を目指したいものです。

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