縁と清酒

「縁と清酒」
先日、興福寺の副寛主でいらっしゃる森谷英俊様より、縁と清酒に関するお話を拝聴いたしました。

「有力増上縁」と「無力増上縁」、どちらも今の己の存在には不可欠であることが理解できました。

過日、奈良時代の国宝、阿修羅像が有名な法相宗大本山 興福寺の副寛主でいらっしゃる森谷英俊様より「縁」と「清酒」に関するお話を拝聴する機会がありました。

「有力増上縁」とは、他のものが生ずるのを積極的に与える因。
「無力増上縁」とは、他のものが生ずるのを妨げない消極的な因。

私たちは、積極的な力だけではなく、直接関わっていない人やものもあってこそ、今の自分が存在する。
たとえば、仕事を終えて帰宅したとします。
妨げるものがなかった、つまり消極的な縁もあったから無事に帰宅できたわけです。
自分の目に見えないものの存在に気づき、感謝することは、礼法にも不可欠です。

むらさきいろのお花また清酒についても、興味深いお話を伺いました。
すでに3世紀後半、「魏志」に「人の性、酒を嗜む」とあり、醍醐天皇の命により平安時代に編纂された「延喜式」からは、五種類のお酒が存在していたことがわかります。
お酒は神様へ供えることを目的として造り、保存されていましたが、僧坊酒と呼ばれる、平安時代から江戸時代に至るまで大寺院で造られたお酒は高い評価を受けていました。
豊臣秀吉はこの僧坊酒に目をつけて独占し、難波では大ブームとなったそうで、そのようなことからも、江戸での清酒造りの技術は発達しなかったとのことでした。

ご講話の後、日本酒で乾杯をし、素晴らしい季節のお料理を頂戴しました。
食後に席を立ったさい、出席者の方よりお声をかけていただきました。
なんと、本部直営室にて受講されている門下のおひとりとのこと!
これも素晴らしいご縁!
無力増上縁の存在を忘れずに、他者や様々なものに己が生かされていることへの謝意を、身をもって示していきたいものです。

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