同調

過日、友人が主催する日本酒をいただく会に参加いたしました。
以前もブログに記しましたが私は下戸ですので、この会に出席することは失礼と思いつつ、主催者の会に対する熱意が素晴らしいので参加させていただいた次第です。

会場は目黒にある鮨店で、日本初のワインテイスターとして日仏を往復なさっているシニアソムリエの方が宮城県の日本酒とのペアリングについてお話くださいました。

お鮨というのは、一貫そのものがお料理。
お鮨のネタが変わるたび、異なるお料理が運ばれてくるのと同じ。
お鮨の味に影響を与えず日本酒の味も楽しむことができる、つまりお鮨とお酒が同調できることがペアリングには大切であると伺いました。
また日本酒はワインと比べて重みがあるので、酢飯に負けることなく魚の臭みも抑え、お鮨の味をより美味しくできることもできるという興味深いお話もしてくださいました。

同調というのは、どちらかを低下させてしまう、あるいは無理に抑えてしまうのではなく、お互いの存在を高め合うことができる関係性。
この関係性は人間関係にも共通するのではないでしょうか?
共感する理念に基づき、一人では難しいことを他者との関わりや協力によって成し遂げることができるからです。

1015今まで知らなかったことを学ぶ機会は、どのような分野においても大切なことです。
自己をなくしてしまうではなく、周囲と自然に同調する機会を増やして、素敵な時間を増やしたいものです。

近所間の助け合い

皆様は過日の三連休をどのようにお過ごしになりましたか?
もしかすると、連日お仕事という方もいらっしゃるかと存じます。

IMG_3744私はお稽古や出張などでいつもと変わらずに過ごしておりましたが、月曜日は盛岡に参り、門弟の皆様にご指導いたしました。

毎回、お稽古前と後には異なるお菓子と飲み物を出してくださいますが、今回頂戴したお菓子の一つは「樹氷」という八幡平の樹氷をイメージしたお菓子。
総師範の方によると、昔は今の倍ほどの大きさだったということですが、十分な食べ応えがあり美味しくいただいてからお稽古に入りました。

お稽古中、あることから無尽が話題に上がりました。
山梨県在住の門下の方々からも無尽の存在を伺っていましたが、岩手県にもこの制度が残っていることがわかりました。

無尽とは、鎌倉時代に始まり江戸時代に発展したとされる日本の相互扶助制度の一つで、無尽講(むじんこう)、頼母子講(たのもしこう)とも呼ばれます。
一定の口数と給付金額を定めて加入者を募り、加入者は定期的に掛け金を払い込み、抽選や入札などの方法により金銭や物品が与えられます。
明治時代には営利を目的とした会社の形態をとる無尽業者が増えたため、無尽業法が施行されてから営業無尽は免許制度となったそうです。
近代に入ってからは銀行の出現により無尽の数は減少しましたが,親睦を兼ねて現在でも活発に行われている地域があります。

毎月掛け金をし、同じグループに属する人が集まって飲食をともにする、仲間が入院したら皆でお見舞いに行く、地域の公民館を維持するなど、あらゆることを助け合う文化が今でも残っているのです。
昨今は県外から移り住んでくる方がいらっしゃる地域では無尽が薄らいできてしまっている地域もあるとのことですが、近所間で助け合いの精神を持つのはいつの時代にも大切ではないかと思います。

すべてのお稽古において、こちらからご指導をするだけでなく、門弟の方々から教えていただくことがたくさんあり、素敵な時間を過ごすことができます。

日中はまだ暑い日もありますが、寒露も過ぎて次第に秋めいてまいりました。
皆様、よい一日をお過ごしくださいませ。

恩師との再会

西麻布がまだ霞町と呼ばれていた頃、その近くにある教会の付属幼稚園に通っていました。
息子も同じ幼稚園で、同じ園長先生と園長先生を支え続けていらしたもう1人のN先生にお世話になりました。

幼稚園息子の卒園式の日、「元気に卒園し、無事、小学校に入学できるのはお母様のおかげですよ。今日はお母様にきちんと御礼を伝えなくてはね」と、N先生がおっしゃったことを昨日のことのように覚えています。
宗家を継いでまだ数年だったこともあり、息子の幼稚園の送迎は母の助けなくしてはできなかったからです。

その後、N先生は園長先生になられ、東日本大地震を機に園舎の建て替えを決意されました。
園舎取り壊し前に卒園生が集う機会を幼稚園内にて設けてくださったのですが、それ以来、幼稚園に伺うことがありませんでした。

昨年、同じ幼稚園を卒園された方とお知り合いになり、久しぶりにN先生のところへご挨拶に伺いませんかと誘っていただきました。
以前と変わらない懐かしい笑顔で迎えてくださった先生は、80代後半の年齢でいらっしゃるにもかかわらず、しっかりとした足取りで階段を登られていました。

帰り際も幼稚園に通っていた頃のように「○○ちゃん」と呼んでくださり、ずっと手を振りながら暖かい眼差しで見送ってくださるお姿に感謝するばかりでした。
愛情があるからこそ、親はいつまでも子供のように思う、と同様に、先生はいつまでも園児のように思う、ということなのかもしれません。

このたびの素敵な再会を作ってくださった知人に感謝いたします。

霧島神宮

台風24号により被害に遭われた方々におかれましては、こころからお見舞い申しあげます。
関東でも今朝は通勤通学の方々にかなりの影響があった様子ですが、皆様、お健やかにお過ごしくださいませ。

週末、鹿児島出張の折に霧島神宮へご案内いただきました。
以前より霧島神宮へ伺ってみたいと思っていたのですが、連れて行ってくださった方の計らいにより、本殿での特別参拝をお願いすることができました。

IMG_3709手水舎に行こうとした際、「こちらでどうぞ」と巫女の方からのご案内で本殿の手前に進みました。
そこでは手にひしゃくで水をかけてくださり、いただいた白の紙で手を清めました。
本殿での祈祷の間、外から風が吹くたびに心身が浄化される気持ちがして、清々しい思いに満ち溢れました。
それだけでもありがたいことでしたが、祈祷後には別の建物にてお茶と鉾餅を頂戴し、権宮司の方から霧島神宮にまつわるお話を伺いました。

6月初旬、狭菜田の長田御田植祭(さなだのおさだおたうえさい)では、日本最古と伝えられる神田で早男・早乙女の方々によって早苗が植えられます。
また同月に行われる斎田御田植祭(さいでんおんたうえさい)は、年間100回を超える祭典や毎日の御日供祭に供えられるお米を作るため、斎田での御田植が行われます。
さらに10月初旬には、稲穂を刈り取る抜穂祭があるそうです。

IMG_3712その他にも貴重なお話を伺い、その後は明治36年に開業したJR肥後線嘉例川駅の木造駅舎を見学してから飛行場に送っていただきました。
週末の貴重なお時間まで割いて霧島市内を案内してくださった、お世話になった企業の方々に心底より感謝いたします。

鹿児島弁、とても難しいのですが、次回伺うまでには少しでも予習をしておきたいと思います(笑)

横浜アリーナでの公演

三連休は、門下の方々へのお稽古と年内に上梓予定の書籍の執筆に追われながらも、24日は友人に誘っていただき、横浜アリーナへ出かけました。
あるグループがデビュー20周年を記念し、初の横浜アリーナ公演を開催されたからです。

グループのメンバーの皆様は私より少し年上のこともあってか、来場者の年齢層は決して低くはなかったのですが(笑)、最初から立ち上がっての盛り上がり!
しかもアンコールが1部と2部まであるというのは初めてのことでした。

アンコール1部では、オーケストラの演奏も加わり、さらには私が知っているそのグループの曲のなかで一番好きなものが歌われました。
それだけで感激したのですが、歌の途中、ヴォーカルの方が感極まった様子で声をつまらせている姿に、思わず私も涙。
20年という一つの節目がどれほど感慨深いものであるか、自分の思い出と重ねていたからかもしれません。

名月ファンの方々を大切に思う気持ちが真っ直ぐに感じられる公演でした。
人に感動を与えられるのは、なんと素敵なことでしょう。

横浜からの帰り道、自宅の最寄り駅に着き改札口を出てふと空を見上げると、中秋の名月の名にふさわしい美しい月を愛でることができました。
10月21日の夜も晴れることを願い、十三夜のお月見をしたいと思います。

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